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名品はここに モンスター盆栽ハンター 神松寿園

樹齢の古い盆栽を多く持ち、4代に渡って盆栽業に携わる老舗の盆栽園。
高村雅子
高村雅子
盆栽妙 店長
  • 更新日:2022/8/25
  • 投稿日:2022/8/25
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名品はここに モンスター盆栽ハンター  神松寿園 樹齢の古い盆栽を多く持つ神高松寿園。現在、この園を守るのは4代目となる神恵二さんです。毎日休むことなく盆栽との対話を続ける職人の姿に、深い愛を感じました。

超巨大な松「土俵入り」が目印の風光明媚な松寿園

県道33号線から高松西高等学校に向かう、緩やかに続く坂道。ここは「盆栽通り」と呼ばれる盆栽のメインストリート。その道すがら、大きくそびえ立つ「土俵入り」の松が目印となる場所に「神松寿園」はあります。現在、この園を守るのは4代目となる神恵二さんです。 園内奥にそびえる「土俵入り」は4メートルを超える長さの枝が地面を這うように広がり、その名の通り、横綱の土俵入りを思わせる威風堂々とした様は見応えありと多くの来園客を魅了しています。


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和の趣と美しさを鑑賞できる、気品あふれる松の迫力を体感

もう1つ園内で人気を博しているのが数多くの名品を展示している「瑞宝殿(ずいほうでん)」です。 1975年に2代目の故・与一さんが盆栽功労で勲六等瑞宝章を受けた記念に造園しました。 大きな門かぶりの松をくぐれば、日本最古の歴史を有する「国風盆栽展」に出品した松など数々の名品を鑑賞できます。

一番奥にはあの明治の元勲、大隈重信が愛したと伝わる樹齢200年を超える「大隈重信候遺愛の黒松」も展示。立ち上がりと呼ばれる株元の幹が太く力強く、圧巻の存在感を放っています。
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父の背中を見つめながら脈々と受け継いできた職人技が生み出す伝統美

「ここにある盆栽の多くは何十年、何百年という年月を生きている。私も盆栽がこうしたいと願うことをするために寄り添うよう生きている」と恵二さん。それはまるで、赤ん坊が言葉を発せずともその泣き声で何を訴えているかが分かるかのような阿吽の呼吸なのかもしれません。人も盆栽も十人十色。人も盆栽もそれは同じ。父の背中を追いながら盆栽と対話をし続けてきました。真剣な眼差しで剪定しながらも、時折、やさしい笑みを浮かべる恵二さんの姿に盆栽愛を感じます。

一期一会の出会いとフィーリング。それが盆栽のおもしろさ!

園内の棚には数え切れないほど多くの盆栽が並んでいます。それぞれに値札がついており、気軽に購入することも可能です。初心者はどの松がいいのか迷いがちですが「自分が見て気に入ったものが1番いい」と恵二さん。盆栽は四季を経て、1年ごとにその魅力を増します。初心者は水やりや手入れなどを心配しがちですが、芽切りなど年に数回メンテナンスをすれば丈夫に育つのも特徴。人も盆栽もフィーリング。自分のお気に入りの逸品に出会えた瞬間は喜び。松は日々の暮らしの中に取り入れやすい植物として人気を博しています。

数百年と寿命を全うさせることが仕事。慈しみながらじっくり育てていきます

畑では多くの盆栽を種から育てており、恵二さんは水やりや手入れなど毎日休むことなく盆栽と向き合っています。5代目となる息子さんも盆栽業に携ることになり、その職人技は脈々と受け継がれていくことでしょう。今や空前の盆栽ブーム。しかし、これまでもこれからも変わらず真摯に盆栽と向き合い、真心を込めて手入れをしていくことが自分の仕事だときっぱり。幼き頃から当たり前のようにそばにいた盆栽はいつしかかけがえのない存在に。お客さまにお届けするときは、まるで我が子を旅立たせるような寂しさと嬉しさに満ちると言います。熟練の技と情熱が織りなす誇り高き盆栽を愛でに、まずはここを訪れてはいかがでしょうか。

この記事を書いた人

高村雅子
高村雅子
盆栽妙の店長 盆栽家。三重県鈴鹿の田舎生まれ。大学進学を機に大阪に出て卒業後は秘書として企業で働く。結婚して退職、子育てに奮闘。子供も大きくなり、自分の時間が持てるようになったので、かねてより大好きだった植物をもっと勉強するべく、盆栽の世界へ踏み入ることに。同郷の盆栽職人 太田重幸に師事し、盆栽の奥深さを修行した後、自宅で教室を開業。2007年にインターネット盆栽販売店 盆栽妙をオープンし、盆栽メルマガ登録数日本一に。盆栽はじめるサポートに日々奮闘中。

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